「こあん」 ー もじょに捧ぐ
ー いずれ、まちがいなくやって来る。何年したら… いつなんだろう。必ず失ってしまう… 時折、誰もいない広い広い河原で僕は子供みたいに泣きじゃくっていた それはいつでも幸せのさなか、一緒に楽しく過ごしているその時 もっとも無防備なその時を捉え、突然やって来るから。 何事かと、走り寄って来るもじょ 「どうしたの、どうしたの?」 膝を抱えうつむいている僕の脇から無理やり入り込み、必死に顔を、泪を、舐め続けてくれる。 傍に静かに近寄って来、目を細め、ただこちらを見ているだけの事もあった 「それは、仕方のないことなんだ」そう言って… そんな時のもじょの声は、とても低かった様に思う。 * この世で、もじょと最も多くの時を過ごしたのは、僕だ。 その命の時の大半を共にしていてくれた事を想う時 心の奥の奥から湧き上がる「ありがとう」 ゆったりとした波の様な感謝に包まれ 静かにどこかに、深く沈んでゆく 息をするのを忘れるくらい、とても穏やかな心持ちになる。 ー このまま、もじょの所に行けるかな そんな事を思い始める。 * 「こあん」は造語です。 ー こいつがいなくなってしまったら。 そうしたら、ひとりぼっちなんだ。 そんな思いがいつも頭をよぎっていた頃、最初頭に浮かんだのは「孤庵」 でもこれじゃ、いくらなんでも寂しすぎる… 「己」にしてみるか。一から十まで、自分で為さねばならない訳だから「庵」は「案」でもいい。 「己庵」「孤案」「己案」 子供の発想はいつでも素敵だ「仔案」「仔庵」 「個」「小」「固」。「安」「餡」「杏」 ここまでの順列組み合わせだけで相当な数、生まれた意味それぞれ全て悪くない。 「co.」とか「ann」なんてのもある。 という訳で、仮名文字の「こあん」になりました。 * 7月。 唯一の友達が、名前を呼び続ける手の中で最後の息を吐ききって 静かに「こあん」は始まりました。 初めての町、知らない道だって一緒にぐんぐん進んで 言葉そのままに駆け回り遊んだ、河川敷の広い草むら 疲れたら並んで座り さやぐ梢、遠い薫りに季節を見付けた 身体を洗ってやり 同じものを食べて 一緒に働き 寝顔にお休みを言って、眠った もじょ、ひとりでは知らない道をどう進めばいいのか分からないよ… もじょ、いつかまた会えるね、信じている そうしたらもう、お別れはしなくていいんだよね。 その時まで、僕はそっと「こあん」を続けよう。 2016年11月 落 大造 |